中前茂之

政策・理念

古い政治から、新しい政治へ。「政権交代です。」

私の決意

中前茂之

本格的な少子高齢化社会の到来と長引く経済の低迷、漠とした将来に対する重苦しい不安感。働いても安定した生活が送れない人やまじめに学校を出ても就職できない学生。「市場経済」至上主義の弊害が表面化するにつれ、地域経済、地域コミュニティーは崩壊し、今の国民生活はかつてないほど厳しく、一方、政治は我が国や地域の将来像を提示できていません。特にこの北海道5区は海、山、川、湖といった自然と一次産業と札幌とその通勤圏、空港・港湾・鉄道・道路といった交通の要衝など北海道の縮図のような地域ですが、この地域が活性化し、北海道全体を牽引していく必要があります。今こそ、古い利権体質の政治と決別し、新しい道を切り開く、国民とともにある政治が必要とされています。

私の曾祖父、中前治作は明治時代に北広島市(月寒村字広島開拓番外地)に入植し、恵庭市(千歳郡恵庭村島松)などで農家を営んでおりました。私は、高度経済成長が終焉しようという昭和40年代後半に生を受けました。

経済成長の果実である地下鉄、高速道路、豊平峡ダムなどの社会資本の整備、札幌市の政令市移行、そして札幌冬季オリンピックの開催。100余年前に原野であったと思えないほど整備された北海道。その後も新千歳空港、石狩湾新港といった施設インフラのほか、保健・医療、教育などの制度インフラも含め、私の世代はこれまで先人たちが残した果実の恩恵に浴した世代です。

1869年に北海道開拓使が設置されてから約140年、北海道開拓から北海道開発、そしてその次は何か。北海道がどうあるのか、その意義が問われています。今後30年、50年先のために、次の世代がよりよく生きていくためには何をすべきか。

先人の恩恵に浴した私の世代には、それを議論し、実現していく重い使命が課せられており、その世代の一人として今一歩前に出る決意をしました。これまでの行政経験を活かし、政治の経験を積み重ねながら地域のために貢献できるよう、4代前の先祖が入植したこの地を基盤に頑張って参ります。

私の政策目標

1.政権交代の定着と世代交代の実現
2.一人ひとりの努力が報われる希望ある社会
3.お年寄りも子供も安心して暮らせる地域の再生
4.雪と共生する豊かな地域づくり
5.北海道の政治的自立と日本における新たな北海道の位置づけの確立

私の政策目標の具体

1.政権交代の定着と世代交代の実現

中前茂之(なかまえしげゆき) 昨年の総選挙でようやく実現した政権交代。参議院選挙の結果は、民主党にとって厳しい一方、期待と叱咤激励。誰もが自民党の古い利権政治に戻るべきとは考えていないと思います。政権交代を支持するのか、古い利権政治を支持するのかが今回の選挙の争点の一つです。   また、政治が将来のビジョンを示すには、将来に向けて責任ある世代が政治を担う、新しい人が政治に参加する世代交代が必要です。現状を変えたいと思っても、「しがらみ」がある人は変えることができないと思います。

2.一人ひとりの努力が報われる希望ある社会

中前茂之(なかまえしげゆき) まじめに働いても生活ができない、結婚できない、今日より明日が悪くなる、一度失敗したら立ち上がれない、そんな社会では希望がありません。額に汗して働き、収穫を得る喜び、お客さんに喜ばれる喜び。まじめに学業を修め、就職して社会に貢献する喜び。子供を育て、親の世話をする喜び。努力をすれば報われる希望ある社会をつくります。

3.お年寄りも子供も安心して暮らせる地域の再生

中前茂之(なかまえしげゆき) 私には、数えで80歳の父と76歳の母、4歳の娘がいます。両親の介護と娘の子育てをする環境として妻の理解のもと3世代が同居しています。核家族化が進む中、見守ってくれる地域の方々のご協力、働く世代が安心して子育てできる仕組み、お年寄りが安心して暮らせる地域、人の顔が見えて、人の心が通う地域の再生が必要です。

4.雪と共生する豊かな地域づくり

中前茂之(なかまえしげゆき) 我が国の積雪寒冷地域は国土の6割もあるにもかかわらず、東京目線ではローカルな問題と位置づけられています。雪は安定した水資源をもたらす一方、年間に5メートルも降雪があるこの地域で人々が安全に安心して生活することは相当な努力が必要です。冬期間でも病院に通える、学校に通える、食品が流通する、普通の文化的な生活を送るためには雪対策が必要です。道路の除雪、それを支える地域の担い手である健全な建設業の育成、冬期のエネルギー消費を少なくする住宅、雪を資源として活用する取り組みなどが必要です。 また、一般的なバリアフリーに加え、北海道には雪のバリアがあり、スロープや点字ブロックの消雪などの冬期バリアフリーが必要です。

5.北海道の政治的自立と日本における新たな北海道の位置づけの確立

中前茂之(なかまえしげゆき) 江戸時代から戦前は、ロシアの南下から本州を守る緩衝地帯として、戦後は外地から引き揚げてきた人々など増加する国内人口の受け皿として、石炭や木材などの資源や農水産物の供給地として、冷戦のもとソ連に対峙する最精鋭の防衛拠点として、そして長引く不況のもとでは、日本のお荷物であるかのようにして、常に東京目線で北海道は取り扱われてきました。 また、北海道も日本全体にどう貢献するのか、欧米との距離的な優位性、地理的に独立した地域の特性、乾燥しきれいな空気などを、どう活かすのかといったビジョンを示せないでいる状況もあります。開拓以来の道民から支店経済を支える内地から赴任される人々など、多様な人々が交流できる本道の潜在的なポテンシャルを引き出し、東京依存の北海道政治ではなく、北海道のための政治を目指します。 北海道開拓、北海道開発から北海道開放へ、北海道のための北海道開発法及び関連諸法の改正、または95条の手続きを踏んだ北海道新法の制定を目指します。

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